⸻Abstract
本稿では,私の留学期間中に携わった研究内容をはじめ,現地での体験やその中で感じたことについてまとめています.
⸻1 はじめに
私は現在,修士課程において,自動走行中の搭乗者のストレス軽減を目的とした拡張現実(AR)による情報提示に関する研究に取り組んでいます.
このたび,修士研究とは直接的な関連はないものの,イタリアのトレント大学で「Robotic Collaborative Walker with Impedance Control and Augmented Reality for Assisted Walking and User Empowerment」という研究プロジェクトに参加する機会を頂きました.本プロジェクトへの参加は,2025年3月初旬から5月末までの約3か月間,イタリアのトレント大学(University of Trento,以下UoT)の Measurements Instrumentations Robotics Laboratory(以下MiRo Lab)において行われ,Mariolino De Cecco教授の指導の下で研究活動を実施しました.
⸻2 留学までの経緯
IMDに所属する以前から,私は一度海外留学を経験したいと考えていました.IMDに所属してからは,実際に留学を経験された先輩方の体験談を聞く機会があり,その思いは一層強まりました.
ARを用いた研究という共通点から,UoTのMiRo Labとのつながりが生まれ,指導教員の先生方より同研究室への留学を勧めていただいたことで,正式に派遣が決定しました.2025年2月初旬には,MiRo LabからDe Cecco教授とAlessandro先生がIMDを訪問され,留学中に取り組む研究テーマに関する打ち合わせを行いました.その後,渡航準備を進め,2025年3月よりトレントでの滞在が始まりました.なお余談ではありますが,出発の1週間前までトレントでの滞在先が確保できず,不安な日々を過ごしました.最終的には,IMDから同時期に留学する学生とルームシェア形式の学生寮に入居することができ,無事に滞在先の問題を解決することができました.
このような状況に至った主な要因は,私自身のUoT事務局への連絡が遅れたことにあり,その結果,学生寮の空きがなくなってしまっていました.また,UoT側からの返信に時間がかかることもあるため,今後UoTへの留学を検討している学生に対しては,可能な限り早期(遅くとも出発の5か月前)に連絡および手続きを行うことを強く推奨します.
⸻3 トレントでの生活
2025年3月にトレントへ到着し,現地での研究生活が始まりました.トレントはミラノから列車で約3時間の場所に位置しており,途中,ヴェローナでの乗り換えが必要です.列車がトレントに近づくにつれて,切り立った迫力のある崖に挟まれた山岳地帯の風景が広がり,その景観に圧倒されました.トレントに到着して最初に驚いたのは,街の景観が日本とは大きく異なっていたことです.中世ルネサンス期の建築様式が色濃く残されており,パステル調の外壁や木造のバルコニーが当時の雰囲気を感じさせるように修復・保存されているのが印象的でした.

トレントの中心 Duomo 広場の写真
駅を出るとすぐに広い空と美しい山並みが目に飛び込んできます.市の中心部にはドゥオモ(Duomo)広場があり,到着した朝は人通りが少なかったものの,昼間や夕食時には多くの人々が周辺のバール(bar)やレストランに集まり,にぎわいを見せていました.街を散策するたびに新たな発見があり,滞在中は非常に楽しく充実した時間を過ごすことができました.

ガルダ湖の近くで購入したジェラート.すごく濃厚で美味しかったです.
現地の公用語はもちろんイタリア語ですが,トレントにはパキスタン系の住民や店舗も多く見受けられました.実際,駅周辺にはパキスタン系のレストランやハラル対応の食料品店が数多く存在しており,多様な文化が共存している様子が印象的でした.私はイタリア語をまったく話せなかったため,現地での生活には当初大きな困難を感じました.英語を話す人も一部にはいますが,私の経験では大学関係者以外との英語によるコミュニケーションは非常に限られており,意思疎通が難しい場面が多くありました.また,現地の英語には強い訛りがあり,たとえば「R」の発音が非常に巻き舌であったり,アクセントが日本人の慣れ親しんだものとは異なるなど,最初は聞き取りにも苦労しました.身振り手振りを交えて,なんとか注文をしたり商品を探したりして対応していました.これからUoTに留学を予定している学生には,最低限のイタリア語の文法や単語を事前に学習しておくことを強く推奨します.もちろんイタリア語が分からずとも何とかなる面もありますが,少しの準備で大きく生活の質が向上すると感じました.なお,現地の英語のアクセントには,おおよそ2週間ほどで慣れることができました.食生活については非常に満足度が高く,市内には多くのピザ屋やレストランがあり,食事の選択肢も豊富でした.特にパスタは安価で種類も豊富であり,1キログラムあたり80円程度で購入できるものもありました.私は滞在中ほぼ毎日パスタを食べていましたが,飽きることはありませんでした.なお,日本で一般的に食されているものとは少し種類が異なりますが,米も現地で購入可能であるため,米食が恋しくなる心配はほとんどありません.私は行けなかったのですが,日本食レストランもちらほらあります.

大学の食堂のピザ.ピザ職人がその場で 焼いてくれます.
また,IMDからともに留学したバングラデシュ出身の学生と同じ部屋で生活していたため,バングラデシュやイスラムの文化について学ぶ貴重な機会にも恵まれました.滞在期間中(2025年3月)はちょうどイスラム教のラマダン(月)にあたり,断食や礼拝の習慣に触れることができました.モスクを訪問する機会もあり,日没後には無償で提供される食事を体験させていただきました.その際にいただいたカレーやビリヤニは非常に美味しく,印象に残っています.また,デーツ(ナツメヤシの実)も初めて口にしましたが,その後は滞在中ほぼ毎日食べるほど気に入るようになりました.日本ではあまり見かけない食品であり,こうした食文化の違いも非常に興味深く感じられました.
⸻4 研究活動
本プロジェクトにおける私の主な担当は,MiRo Labが開発する歩行補助機器と連携した,歩行リハビリテーション用複合現実感(Mixed Reality: MR)アプリケーションの開発でした.当該歩行補助機器にはインピーダンス制御が実装されており,慣性・粘性・バネのような力を個別に調整することで,ユーザに対して多様な感覚フィードバックの提供が可能でした.この制御機能と複合現実感(MR)を組み合わせることで,仮想オブジェクトの位置や種類に応じた動的なフィードバックをユーザーに与えられるというアイデアを基に,視覚と触覚を統合した高い没入感を持つリハビリテーション環境の構築を目指しました.私は,ユーザーのモチベーション向上とリハビリ効果の最大化を目的として,これらの特性を活かしたMRアプリケーションの設計・実装を行いました.私はこれまでの修士研究においてHoloLensを用いた開発を行っていましたが,本プロジェクトではMeta Quest 3を用いたMRアプリケーション開発に初めて取り組みました.Meta Questを用いた開発は未経験であったため,初歩的な技術仕様や開発環境に関する調査から着手する必要がありましたが,非常に興味深く,挑戦しがいのあるものでした.当初のチームミーティングにおいては,英語での議論や発言に慣れていなかったことから,議論の流れを把握することや自身の意見を適切に伝えることに困難を感じる場面もありました.転機となったのは,留学を開始してから1か月ほど経過した頃でした.英語での議論にも徐々に慣れてきた時期に,Alessandro先生から次のようなお言葉をいただきました.「慣れない環境での共同生活や研究活動で大変だと思うが,NOだと思ったことには遠慮せずNOと言いなさい.それは決して悪いことではない.」この言葉は,大学から寮まで車で送っていただいた帰り道に,何気ない会話の中でかけられたものでしたが,私の心に深く残りました.この助言を受け,せっかくの留学の機会を無駄にせず,自分を変えたいと改めて決意し,以後はMiRo Labのメンバーとの議論においても積極的に発言するよう努めました.

MiRo Lab メンバーとの夕食会.手作り生パスタをふるまってくださいました.
英語での表現が不十分な場合には図を描くなどして,可能な限り自分のアイデアを伝える努力を続けました.その結果,研究テーマに対する理解がより深まり,MiRo Labのメンバーとの関係性も大きく向上しました.5月初旬にはアプリケーションの初期バージョンを完成させ,他大学の研究者や現役のセラピストの方々に試用していただきました.その過程で,多くの改善点や新たな着想を得ることができました.5月中旬には,帰国前にカンファレンスペーパーの執筆を目指すこととなりました.英語論文の執筆は初めての経験であり,執筆には多くの時間を要しましたが,Alessandro先生や博士課程のMatteo氏,IMDから同行したRahmanに多大な支援をいただき,なんとか自身の執筆担当部分を完成させることができました.留学前は,自分がこのプロジェクトに貢献できるのか強い不安がありましたが,完成した成果物を見たDe Cecco教授から高く評価していただき,大きな達成感と安心感を得ることができました.その後は,開発したアプリケーションの仕様書や引き継ぎ資料の作成を行い,短時間で修正可能なバグのデバッグ作業にも取り組みました.

アプリケーションの Demo の様子
⸻5 おわりに
トレントで過ごした3か月間は,研究や開発に関する技術的な経験にとどまらず,さまざまな面において多くの学びや気づきを得る貴重な機会となりました.日本人が周囲にいない環境に身を置いたことで,孤独を感じる場面もありましたが,その分,自分自身と向き合い,これまでの考え方や行動を見つめ直す良い契機となりました.留学中に得られた経験は,今後の人生における大きな財産になると確信しています.今回の留学は,私にとって初めての海外での長期滞在でしたが,研究活動において一定の成果を残し,無事に帰国できたことは大きな自信につながりました.また,英語力についても,留学前と比べて大きく向上したと感じており,加えてイタリア語を学ぶ意欲も高まりました.現在もイタリア語の学習を継続しており,将来再びイタリアを訪れる際には,ある程度意思疎通が図れるように準備を進めています.まだまだ書きたいことや掲載したい写真は多くありますが,既に所定の分量を大幅に超えているため,本稿はこのあたりで締めくくらせていただきます.最後に,本留学を実現するにあたり多大なご支援をいただいたMiRo Labのメンバーをはじめ,サポートしてくださったIMDの先生方・先輩方・上野さん,国際連携係の皆様,そして3か月間をともに過ごしたRahmanに,心より感謝申し上げます.
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[Oat during his presentation]
[Rahman during his presentation]



ワークショップ風景

